おひさま堂創世記 ~豆と笑いの冒険譚~

連載読みもの

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ここに記されしは、「おひさま堂」という名の小さき珈琲屋が誕生するまで、そしてその後に歩んだ数々の旅の記録である。 剣も魔法も出てこない──代わりに現れるのは、豆を煎る炉の唸り、街道沿いの奇妙な出会い、そして時折やってくる病や災いの魔物たち。

これは壮大な英雄譚でもなく、国を救う大冒険でもない。 けれど、日々の営みの中で笑い、時に頭を抱え、それでも前へ進む──そんな騒動と奮闘の年代記だ。

どうか気楽に読み進められよ。 読み終えた時、ほんの少しでも笑みがこぼれ、心に一杯の温かい珈琲が満たされることを願いつつ、豆屋の女房が記せし戯言と思われたし。

   

第4章:勇者、珈琲修行の旅へ! ― 未知なる戦場への第1歩 ―

王都を発った勇者は、新たなる修行の地を求めて旅立った。。 目的はただひとつ——焙煎の奥義を極めること。 だが、その戦場「焙煎」とは、香ばしき香りの影に数多の商人と魔導師が蠢く、 飲食業界という名の魔窟の入口であった。

「飲食業だけはやめておくれ!」
それは、長年勇者と運命を共にしてきた**賢者(当家では女房をそう呼ぶ)**からの、絶対防御魔法級の禁止呪文である。 だが、勇者の耳には届かぬ。いや、届いてはいるのだがーーー なぜか焙煎機の回転音が、都合よくそれをかき消してしまうのである。

やがて勇者は、日々自ら焼き上げた豆を携え、賢者のもとへと凱旋した。
「どうだ! 今日の豆は、香ばしき竜の息吹のようだろう!」
誇らしげに差し出される焙煎豆。だが賢者の胸中は複雑であった。
(どうもこうもあるものか。始めたばかりの修行で、美味しくなるはずがない……)
うかつに「うーん…」と言えば勇者の眉間に雷雲が、 「美味しい」と言えば「それは真か?」と睨まれる。 ――毎夜、まるで地雷原の上の夫婦問答である。

結局、正直に言っても、嘘をついても、雷が落ちる。 修行が進むにつれ、豆の香りとともに夫婦喧嘩の煙も立ち上る日々であった。

一方その頃、勇者にはもうひとつの戦いがあった。それは――接客という名の修行なり。

齢五十八にして初めて、客人を前に「いらっしゃいませ!」と叫ぶ勇者。 その声が震えるたびに、背後の若き従者(推定年齢三十)の雷鳴が飛ぶ。
(勇者は、魔王を討ち取ったことはあれど、接客の魔獣とはまだ戦ったことがなかったのだ……)
勇者は悟る。――戦場は変われど、修行とは常に険しき道であると。

やがて、古きギルドの紹介により「リクルート学院」と呼ばれる名門の門をたたくも、そこでは収穫ゼロ。高貴な名を持つその学院は、実戦経験ゼロの理論魔導士ばかりの城であった。

ならば己の手で道を切り拓くしかない!!

勇者は、再び自宅に籠もり、賢者がかつて学びし「ベンチャー企業幹部養成講座」なる古代の魔導書を開く。夜ごと「ミッション」「コンセプト」「経営戦略」「会計」など、異世界の呪文を唱えながらの独学修行が始まった。

そして生まれた勇者の新たなる使命(ミッション)。それは――

那須高原に本物の珈琲文化を根付かせる!

なんと雄々しき宣言であろう。だが、まずは豆を焦がさずに焼くことから始めねばならぬ。

珈琲修行は始まったばかり。そして夫婦の攻防も、まだ終わらぬのであった。


次回予告

王都を離れ、しばしの休息を求めて西方への旅に出た勇者と賢者。 美しい山々と湯けむりに包まれたその地で、ふたりは“時を司る守り人”と出会う。 ――それは、のちに珈琲商館おひさま堂の象徴となる古き時代の時計。 果たして、偶然か、それとも運命の導きか?
次回、「第5章:西方の旅路と古き時の守り人 ― 伝説の古時計との出会い ―」
時を刻む歯車が、ふたりの新たな物語を動かし始める。 10月24日(金)公開予定 お楽しみに!