おひさま堂年代記 ~豆と笑いの冒険譚~

連載読みもの

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ここに記されしは、「おひさま堂」という名の小さき珈琲屋が誕生するまで、そしてその後に歩んだ数々の旅の記録である。 剣も魔法も出てこない──代わりに現れるのは、豆を煎る炉の唸り、街道沿いの奇妙な出会い、そして時折やってくる病や災いの魔物たち。

これは壮大な英雄譚でもなく、国を救う大冒険でもない。 けれど、日々の営みの中で笑い、時に頭を抱え、それでも前へ進む──そんな騒動と奮闘の年代記だ。

どうか気楽に読み進められよ。 読み終えた時、ほんの少しでも笑みがこぼれ、心に一杯の温かい珈琲が満たされることを願いつつ、豆屋の女房が記せし戯言と思われたし。

   

第5章 西方の旅路と古き時の守り人 ― 伝説の古時計との出会い ―

 

勇者と賢者が西方への旅に出たのは、まだ珈琲修行の炎が本格的に燃え上がる前のことであった。 目的地など、特にない。ただ車を走らせ、気の向くままに進む――いわば“無計画という名の自由な旅”である。山々は青く、風はやわらかく、日々の焙煎と夫婦問答に疲れた心を、ゆっくりとほどいてくれる。そんな折、道端にふと現れた案内板。

「阿蘇神社」

「行ってみようか」どちらともなく、そう口にした。
しかし――見知らぬ土地の常である。曲がるべき道を、あっさりと通り過ぎた。

「あら、過ぎちゃったわね」
「まあ……縁がなかったということか」

いつもの勇者であれば、ここで引き返すことはない。「まあ、いいか…」と言って、そのまま進んでしまうのが常である。ところがその日は、なぜか違った。少し進んだ先に、まるで呼び止めるかのように、**「第二駐車場」**と記された看板が現れたのである。

「……行ってみるか」

その一言に、賢者はわずかに違和感を覚えた。なぜだろう、この流れは、少し“できすぎている”。

導かれるように車を進めると、神社の裏手に、ひっそりと佇む一軒の店が現れた。時計店である。
だが、その姿はただの店ではなかった。凛とした空気をまとい、まるで神社の一部であるかのように静かにそこにある。

「……これは、ただの店ではないな」

勇者はそう呟いた。

参拝を終え、車へ戻る道すがら、勇者の足は自然とその店へと向かっていた。その背中を見た瞬間、賢者の胸に、説明のつかぬ予感がよぎる。(あっ……これは、買うな)根拠はない。だが、確信に近い何かがあった。

店の扉を開けると、そこには穏やかな笑みをたたえた店主がいた。

「いらっしゃい」

聞けば、ただ時計を売るだけの商人ではない。古き時計に新たな命を吹き込む――いわば時の修復師であった。さらに驚くべきことに、その店主は珈琲好き。旅の途中だと知るや否や、奥から取り出した機械で豆を焙り、香ばしい一杯をふるまってくれたのである。旅の途中で飲む珈琲ほど、心に沁みるものはない。

「これは……うまいな」

勇者は、しみじみと呟いた。

そのときである。
店の壁に、堂々と掛けられた一台の柱時計が、「ゴーン、ゴーン」と時を告げた。高さ1メートルを超えるその姿は、ただの時計というより、そこに“在る”べきもののように見えた。

明治の終わりか、大正の初めに生まれたであろうその時計。「地球馬」という名の刻印と、はね駒を思わせる馬の印。それは偶然にも、勇者の干支と同じであった。農家の納屋で長く眠っていたものを、店主が見つけ、直し、磨き、再び時を刻むようにしたのだという。

その話を聞き終えるころには、もう遅かった。勇者の目は完全に“ひとめぼれ”のそれである。

「……これだな」

静かに、しかし確信をもって言った。

(やっぱり……)

賢者は、内心でため息をついた。だが、不思議と反対する気にはなれなかった。むしろ――この時計は、ここで出会うべくして出会ったのではないか。そんな思いすら湧いてきたのである。

こうして迎え入れられたその古時計は、やがておひさま堂の店内で、静かに時を刻み続けることになる。まるで、店の歩みを見守る“守り人”のように。

そして後年。

西方の地を大きな揺れが襲った。阿蘇神社は甚大な被害を受け、楼門を含む多くの建物が倒壊したという。しかし――近隣の家々は、不思議なことに大きな損壊を免れていた。

「神様が、人々の厄災を一身に引き受けてくださったのだと、皆が言っております」

あの時計店の店主は、静かにそう語った。

その言葉を聞いたとき、勇者と賢者は、あの日の導きを思い出した。
あの看板も、あの道も、あの店も、すべてが一本の糸でつながっていたのではないかと。

あれは、ほんのささいな旅の出来事。けれど、後におひさま堂の時を刻むことになるものとの忘れ得ぬ出会いであった。


次回予告

新たなる拠点として那須高原への移住を決意する。 翌週には、正式に建築の契約をお願いしようと考え、あとは新たな城の完成を待つばかりの夫婦。 ――しかしその矢先、思いもよらぬ選択を迫られることに…。 果たしてこの選択は吉と出るか、それとも凶と出るか?
次回、「第6章:北方移住と城づくりの試練 ― 契約破棄と謝罪のクエスト ―」
新たなる戦場に、立ち込める暗雲やいかに?! 4月3日(金)公開予定 お楽しみに!