おひさま堂年代記 ~豆と笑いの冒険譚~
連載読みもの
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ここに記されしは、「おひさま堂」という名の小さき珈琲屋が誕生するまで、そしてその後に歩んだ数々の旅の記録である。 剣も魔法も出てこない──代わりに現れるのは、豆を煎る炉の唸り、街道沿いの奇妙な出会い、そして時折やってくる病や災いの魔物たち。
これは壮大な英雄譚でもなく、国を救う大冒険でもない。 けれど、日々の営みの中で笑い、時に頭を抱え、それでも前へ進む──そんな騒動と奮闘の年代記だ。
どうか気楽に読み進められよ。 読み終えた時、ほんの少しでも笑みがこぼれ、心に一杯の温かい珈琲が満たされることを願いつつ、豆屋の女房が記せし戯言と思われたし。

🏰 第8章:祝!地鎮祭 だが住むところがなくなった… ―
建設地も決まり、地鎮祭も無事に終えた。これでひと安心――
勇者と賢者は、ようやく腰を落ち着けられる……はずだった。――そう。そのはずだったのである。
「不動産はね、なかなか売れないから早めに出した方がいいよ」
知人の助言に従い、川崎の家と土地を売りに出した。するとどうだ。あっさり売れた。あまりにもあっさり。
「……早すぎない?」喜ばしいはずなのに、なぜか一抹の不安がよぎる。
そして、その不安は的中する。
買主の希望はこうだった。「家は解体して、新しく住宅を2軒建てたい」――なるほど。
あの80坪。那須では「土地ではない」と言われたあの広さである。(第7章参照)
それを、さらに分けて2軒。――なるほど。勇者は思った。常識とは、場所によってこうも変わるものらしい。
だが問題はそこではない。
「できれば、すぐに解体に入りたいので――」 嫌な予感がする。
「3週間以内に退去をお願いできますか?」……3週間。
三週間ですと⁈。
勇者と賢者は顔を見合わせた。新居? それは、まだ影も形もない。普通なら、ここで躊躇するだろう。だが勇者は、前回の経験を思い出していた。
「決まるときは、こんな風に決まるもの」あの社長の言葉である。
「……受けましょう」勇者は言った。
こうして、勇者と賢者は期限付きホームレス予備軍となった。
そこからは、怒涛である。
■ 引っ越し業者の選定。
■ 仮住まい探し。
■ 粗大ごみの処分。
■ 電気・ガス・水道の手続き。
■ 関係各所への挨拶と連絡。
ほかにも、やることは山ほどある。しかも、ここは30年以上暮らした場所。思い出も、荷物も、とにかく多いのだ。
そうこうするうちに、なんとか那須塩原市内に仮住まいを見つけた。
「1年以内の契約でもOKですよ」
その一言に、どれだけ救われたことか。
――だが、準備は間に合わなかった。
引っ越し当日。まさかの――当日梱包。
しかもである。事前に、必要なものと不要なものは分けてあった。完璧である。
そう、本当に……完璧のはずだった。
だが勇者は、なぜかそれを取り違えた。
必要なものをゴミへ。 不要なものをトラックへ。見事なまでの逆転劇である。
「……なぜ?」 賢者は、静かに問いかけた。
「……………」 勇者は、静かに遠くを見ていた。
その後、勇者は一足先に新居へ。
賢者は旧居の後始末を終え、ひとり新幹線で那須塩原へ向かう。達成感? そんなものは微塵もない。
そこには、ただただ、疲労だけがあった。
そして那須塩原に到着。勇者が出迎える。笑顔である。やけに機嫌がいい。
「温泉、入ってきた。」 ……そうか。
「ビールも飲んだ。ノンアルだけどね」……そうか。(怒)
かくして、とにもかくにも、引っ越しは完了した。――ということにしておこう。
だが、この物語は、ここでは終わらない。
引っ越しの翌日。賢者を、さらなる災難が襲う。後に彼女は語る。「あれは、本当に命の危険を感じた」と。
どうやら、新天地での生活は、またしても穏やかなものではないらしい。
次回(第9章:四月の雪 ― それは白き祝福か、氷点の試練か… ― は、4月24日(金)公開予定 お楽しみに!