市場の朝は、勇者の出立より早い。
露に濡れた天幕の下、わたしたちは小ぶりな木箱を抱えて店開きの支度をしていた。豆を量る秤は祖父の形見、皿は旅芸人から譲り受けたもの――どれも少しずつ物語を連れている。
「最初の客は風だよ」と先輩が言う。帆を膨らませる風が、香ばしい匂いを通りに運ぶ。鼻先をくすぐられた猫がのそりと現れて、箱の影で丸くなる。やがて、革袋の音とともに足音が近づいた。
「旅の豆屋さん、朝露の味はあるかい?」――旅の吟遊詩人
わたしは頷き、まだ温かな焙煎豆を小袋に詰める。朝一番の袋には小さな印――おひさまの刻印を押すのが習わしだ。詩人は匂いを吸い込み、目を細め、そして一曲分の代金を置いた。
こうして「おひさま堂」の一日目は、歌と豆の香りではじまった。――続く。